ここに掲載するのはアナキスト同盟(Japan Anarchist League - JAL)という2026年3月に日本で結成された革命党の目的を概説した綱領文書であり、思想的にはプルードン・クロポトキン系というよりもアナキスト革命連合などのバクーニン主義の系譜上にあるが、かなり実存主義的で「存在論的疎外論」を独自に構築するなど理論重視である。
https://www.anarchism.jp/
ここに掲載するのはアナキスト同盟(Japan Anarchist League - JAL)という2026年3月に日本で結成された革命党の目的を概説した綱領文書であり、思想的にはプルードン・クロポトキン系というよりもアナキスト革命連合などのバクーニン主義の系譜上にあるが、かなり実存主義的で「存在論的疎外論」を独自に構築するなど理論重視である。
https://www.anarchism.jp/
我々のアナキズムとは、国家はむろん資本制から家父長制さらに教育や宗教そして共産党に至るまで汎ゆる全ての超越的権威と支配権力をラディカルに全否定する「大いなる拒絶」の実存的決意性である。これらの権威は現存在にとって不条理に感じる抑圧的な疎外された現実として立ち現れるから、我々は世界に放り込まれた自らの被投性を引き受けた上で絶対に応答せねばならず、この闘争は必然的にバクーニン主義の「総破壊」という根源的な世界革命に帰結する。
自由を勝ち取る闘争は自由に実践せねばならない。我々は自律的な革命家として各同志が現存在の「死への先駆」を持って少数の団結した革命家の党であるアナキスト同盟に結集する。既存セクトのような官僚主義への堕落を防止する為やたら迎合的な組織拡大は控えられるべきであり、党員になれる資格はこの基本綱領に同意して完全に理解した上で自分なりに革命実践が出来る人に限られる。
革命思想には社会分析の為の哲学的基礎付けが必要である。マルクス主義の唯物弁証法に対抗する為に我々はハイデガーの現象学とドゥボールによる消費社会批判との高度な統合を目指す「存在論的疎外論」を以下に構築する。
そもそも支配権力とは警察のような単なる身体的な強制や命令である上に、現存在を資源として駆り立てるゲシュテル(集立)の開示性による働きであり、そのゲシュテルの資源しか現せない限られた道具的連関性(物同士の「〜する為に」という繋がり)を民衆の気遣いの内に埋め込んで再生産してる言説がスペクタクル(見世物)の演出するメディアであり、この二つの概念装置は相互的で不可分に結び付いてる。
例えばツイッターは広告を最適化するデータとして個人情報を収集し駆り立てる技術的枠組みであり、ブロック機能とは存在の現れ方を無理やり制限するゲシュテルの技術支配の典型だと言える。スペクタクルの具体例を挙げると、集中的な形では軍事パレードや万博やオリンピックという大規模なナショナリズムの動員が主にあり、拡散的な形ではネット社会における推し活やオタク文化の動物化したポストモダン的な電脳疎外などである。その病理が顕著に現れたのは頂き女子りりちゃん事件が象徴的であり、それを恋愛詐欺という通俗的な見方よりも偶像化された女性像の記号消費として分析する。
これらは単なるイメージの集合だけでは無くその表象に媒介された分裂的な社会関係を内包しており、その受動的にイメージを見せられる観客同士に分裂した関係性によって人間は類的存在から疎外されてるのだ。要するに手近的だった存在が外の表象へと遠く離れてき自らの物として自由に関わる事が許されなくなる「直接介入能力の喪失」という批判的分析がシチュアシオニストの疎外論の根幹である。
この存在論的疎外論を用いる事によって、世界システム論のような巨視的な抑圧構造から微視的な日常の慣習における加害性まで汎ゆる社会問題を現象学的視座から統一的に批判する事が可能となる。すると我々のアナキスト革命は、世界内存在と関わる実存を変革して道具的連関を自由に思うまま組み立て直す営み、すなわち目的意識的かつ集団的な「状況の構築」へと結実する。
我々アナキストは権力と向き合う義務がある。フーコー以後の権力論では汎ゆる関係性に権力は偏在するから、我々は自らの権力性を引き受けてアナキズム的な権力の在り方を体現せねばならない。ますます統制が強まる支配権力をマジで粉砕する為には、引けを取らずに我々も「アナキスト独裁」を対抗的に組織すべきであり、その対抗権力こそ目的と手段が一致した現実的な戦略であり、体制と断絶して別で存立する自由な生の様式であり構築された状況である事に疑いの余地は無い。
現代日本において新左翼セクトが辛うじて維持してる全学連の張りぼてを除いては殆んど壊滅状態にある学生運動と、賃上げ要求とか改良主義に成り下がった高齢化が進む労働組合運動との両方を、根本的に乗り越え得る対抗権力の可能性は(ヴァネーゲムの言う通り)評議会主義による「生の全体性」の回復であり、すなわち現存在的な自由の全体主義にのみ分裂した世界を再び統合する希望が残されてる。
そして、国家廃絶へ向けて我々アナキストは拠点的な対抗権力である評議会を――既存の学生自治会や労働組合を超越し得るように――形作らねばならない。明らかな二重権力状態を立ち現わせる事によって国家の支配権力を打倒して社会組織をアソシエーションの自由な諸個人の連合へと置き換えると同時に、日常生活を全体的に自治する評議会の中において疎外を止揚し直接に生きられる体験を取り戻して現存在の自由な生を本来的に謳歌する事が可能になる。
もはや政府転覆しかない!世界革命戦争万歳!
Comments
Great to see libertarian…
Great to see libertarian comrades starting up organisations. Your theoretical influence and analysis though, leaves a lot to be desired. I'm not sure why you've decided to reinvent the wheel but it has left me with some questions I think would make for a good conversation...
What is wrong with anarchist communist analysis? where does historical materialism falter in your view? and how do you see yourselves integrating with the broader international organised anarchist tendency? (the icoa for instance)
I'd also be interested in your response to articles such as these:
https://libcom.org/article/anarchists-and-neo-anarchists-horizontalism-and-autonomous-spaces
https://libcom.org/article/anarchists-and-dual-power-situation-or-strategy